FILE#004 西国観音巡礼

物語
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芭蕉の名句にも詠まれた
幾多の伝説が息づく山寺。
自分らしく楽しめる巡礼を
一人ひとりに伝えたい
西国十二番札所  滋賀県大津市石山内畑町82
岩間山 岩間寺(正法寺)
住職 壁瀬 慈峯(かべせ じほう) 氏
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1977年生まれ。建築関連の仕事を経て、34歳で醍醐寺伝法学院で修行し僧侶となる。2013年当時、岩間寺住職(醍醐寺座主・仲田順和大僧正)の勧めにより岩間寺に従事。前職の技術を活かし寺の整備に打ち込む。チェリストでもある父(壁瀬宥雅・醍醐寺104世座主 一音寺オーケストラ団長)のもと、4歳から中学時代までチェロを演奏。趣味は料理と食べ歩き。職員や友人とざっくばらんに話をするのが日々の楽しみ。
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1977年生まれ。建築関連の仕事を経て、34歳で醍醐寺伝法学院で修行し僧侶となる。2013年当時、岩間寺住職(醍醐寺座主・仲田順和大僧正)の勧めにより岩間寺に従事。前職の技術を活かし寺の整備に打ち込む。チェリストでもある父(壁瀬宥雅・醍醐寺104世座主 一音寺オーケストラ団長)のもと、4歳から中学時代までチェロを演奏。趣味は料理と食べ歩き。職員や友人とざっくばらんに話をするのが日々の楽しみ。

縁結びの桂の寺

霊木のパワーが今も宿る
夫婦桂が伸びゆく岩間寺

岩間寺(いわまでら)は、正式には岩間山正法寺(いわまさんしょうほうじ)ですが、皆さんから岩間寺や「岩間さん」と呼ばれ、親しまれてきました。創建は722年。奈良の都でも名高かった僧で、朝廷から国の平安を護る役割を任された泰澄(たいちょう)大師により開山されました。1300年の歴史の中で、多くの伝説が残される寺院です。

霊木のパワーが今も宿る 夫婦桂が伸びゆく岩間寺

寺院の縁起は、奈良の元正天皇の疫病を法力により封じた大師が、その帰りに「桂ノ谷」といわれるほど桂の木が茂る岩間山で休んでいた時のこと。1本の桂から千手観音陀羅尼を感じられた大師は、この桂で千手観音像を彫られ、元正天皇から授かった千手観音の念持仏(全長15㎝)を像におさめて本尊とし、天皇の命により岩間寺を建立したという話が伝わっています。

霊木である桂のDNAは、本堂前の桂の巨木に今も受け継がれています。大師が観音像を彫られた後、その遺伝子を持った2代目の桂は1961年に強風で倒れてしまいますが、根元から新しい木が伸びて見事に成長しました。今は「夫婦桂」と呼び、霊力が宿る木、夫婦円満・縁結びの桂として、皆さんにご覧いただいています。また、夫婦桂の近くには樹齢500年とされる「大銀杏」があり、壮大な姿が人気です。秋の紅葉も見事ですよ。

霊木のパワーが今も宿る 夫婦桂が伸びゆく岩間寺
霊木のパワーが今も宿る 夫婦桂が伸びゆく岩間寺

汗をかく観音伝説

人を救うため、夜中に駆け回る
元正天皇ゆかりの千手観音

当寺は西国三十三所観音巡礼の第12番札所で、本尊は千手観世音菩薩です。この観音様は約15cmの金銅仏で、元正天皇が泰澄大師に授けられた念持仏と伝えられます。

本尊は昔から「汗かき観音」と呼ばれ、地域の人たちから愛されてきた観音様です。本尊がおられる厨子から本堂の地下につながる通路があり、観音様は毎晩、厨子から抜け出したといいます。そして、龍に乗って通路を抜け、136の地獄を駆け巡って苦しむ人々をことごとく救済し、明け方には汗びっしょりになって戻ってこられる、という逸話があります。

厨子を抜け出し人々を救済してきた本尊「汗かき観音」が安置されている本堂厨子を抜け出し人々を救済してきた本尊「汗かき観音」が安置されている本堂

また、創建の頃は雷が落ちて、何度も本堂が焼けてしまったそうですが、本尊は焼失することなく常に人々を見守ってきたので「雷除け観音」とも呼ばれてきました。雷に関する面白い伝説もあります。

落雷に困った泰澄大師が雷神をつかまえて問い詰めると、「仏門に入りたくて来ているのですが、私の性質上、訪問が落雷になってしまうのです」「ご迷惑をおかけしました。これからは落雷の被害を出しません。また、本尊様へのお水を私がまかないます」と言い、岩を爪で引っかいて泉を出したとか。大師は雷神を弟子の一人に加えたと伝えられます。雷神の泉は「雷神爪掘湧泉」として、かつてはこの霊水が当寺でも日々使われていました。泉の跡は今も皆さんにご覧いただけます。

雷神が岩を爪で引っかいて泉を出した「雷神爪彫湧泉」。雷神像がお祀りされている雷神が岩を爪で引っかいて泉を出した「雷神爪彫湧泉」。雷神像がお祀りされている

ぼけ封じが人気

大事なのは心のぼけを防ぐこと
心豊かに、争いも封じ込めて

当寺には「ぼけ封じ観音」もあり、参拝者の方から人気です。来られるのはご高齢の方だけはなく、若男女たくさんの方が、ぼけ封じ観音に手を合わせるのを嬉しく思っています。

なぜなら、「ぼけ」というのは決してご高齢の方だけの悩みではないからです。私は、人生にとって一番やっかいなのは「心のぼけ」だと思っています。心が曇ってしまうと自分本位な言動になってしまい、周りに良い人が寄ってこなくなりますね。いつもスッキリ、心を晴れ晴れとさせて、周りの人と和やかに話をして良いお付き合いができれば楽しく生きていけるでしょう。ぼけも遅くなるかもしれませんし、きっと良いことずくめですよ。

人を救うため、夜中に駆け回る 元正天皇ゆかりの千手観音人を救うため、夜中に駆け回る 元正天皇ゆかりの千手観音

ぼけ封じ観音の隣には、広島市からいただいた「被ばくの石」を安置しています。それにちなみ平和観音を今夏、お祀りさせていただこうと計画しています。世界平和を祈念するのはもちろんですが、人々の心がぼけると争ったり、戦争になったりすると思うのです。心がぼけないように、そして世界平和を祈る機会にしていただけるとありがたいです。

境内には精魂込めて育てている、めだかの水鉢も境内には精魂込めて育てている、めだかの水鉢も

本堂は江戸時代に解体修理されており、私が当寺に来た時はどこもかしこも古びていました。参拝者の方に喜んでいただくためには修繕が必要でしたが、かといって大金はかけられない。そこで建築業で得た経験を活かし、少しずつ私と職員の手で直してきました。

皆さんから「前よりもきれいになったね」という声をいただくと嬉しく思いますし、「人生に無駄なことはないな」と実感しています。まさに僧侶と建築の二刀流ですね。今いる職員は若い人も多く、気立ての良い人が集まってくれました。何よりも「この寺に愛着を持っている」ことがとてもありがたく、その想いや雰囲気が参拝者の方にも伝わっていると感じます。

西国三十三所を楽しむ

次を目指して、元気がわいてくる
歩くことは人生のようなもの

ここ数年、西国三十三所を巡っていて、今3周目でしょうか。2府5県(大阪、京都、兵庫、和歌山、奈良、滋賀、岐阜)にまたがるお寺を一気に巡る時間がないので順番は飛び飛びですが、和歌山と大阪、兵庫のお寺詣りを済ませたところです。

巡礼の魅力というのは、始めるとなぜかハマってしまうことでしょうか。歩いていると、やっぱりしんどい時もありますが、観音様にお会いする目的があると階段や山を登っていても、不思議なことにさほど辛く感じない。登りきった時や観音様に手を合わせた時は気持ちが良くなります。そして降りる時には「よっしゃ、次!」という感じで、元気が出ているというか。

笑顔が印象的な壁瀬住職。記念のご朱印も丁寧に書いてくださった笑顔が印象的な壁瀬住職。記念のご朱印も丁寧に書いてくださった笑顔が印象的な壁瀬住職。記念のご朱印も丁寧に書いてくださった
次を目指して、元気がわいてくる 歩くことは人生のようなもの次を目指して、元気がわいてくる 歩くことは人生のようなもの

うまく言えませんけれども「巡礼は人生のようなものだなぁ」と思うことがあります。「辛い時もあるけど、やるべきことを誠実にちゃんとやっていけば、また次に良いこともある」と。それを教えてくれる道なのでしょう。観音様は、その過程を見守ってくれるお母さんのような存在なのかもしれません。

巡礼をされている方のなかには、50周、250周の方もいらっしゃり、びっくりすることもあります。でもね、皆さんちょっと考えてみてください、誰でも簡単にできることだったら、ハマらないでしょう。時間もお金も少しはかかるし、自分の足で歩くには、気力や体力も必要です。だからこそ達成感があって、「次のお寺にもお詣りしよう」「もう1周行こう」となるのではないでしょうか。

次を目指して、元気がわいてくる 歩くことは人生のようなもの

琵琶湖の恵み

大津の食も味わって
自分だけの面白さを楽しもう

私がおすすめしているのは「自分が楽しめる巡礼」です。例えば、何十周も巡っている人や、急いでいくつものお寺を巡る人を見て、「自分もそうしなければ」なんて思わないことです。人はそれぞれ違いますから、「1度来てみた」「作法がわからないけど、とにかく手を合わせた」でも良いのです。ぜひ、自分が楽しいと感じる巡礼をしてください。

境内に入ってすぐのところに、女性が拝むと「心も顔も美しくなる」と伝えられる白姫龍神(しらひめりゅうじん)もお祀りしています。どうぞ自由にいろいろな名所に手を合わせて楽しんでいただきたいですね。

松尾芭蕉が有名な一句を詠んだ「蛙池(かわずいけ)」松尾芭蕉が有名な一句を詠んだ「蛙池(かわずいけ)」

当寺の職員は若い人も多く、私は彼らとご飯を食べにいくことも大好きなのですが、近くにはおすすめのうどん屋さんがあったり、大津駅の周りにもおいしい料理を出す店がたくさんあります。琵琶湖の幸に恵まれた、大津の豊かな食文化も魅力です。

今回のプロジェクトでは、私も皆さんと一緒に歩きます。岩間寺の伝説や観音様、歩くコツなどいろいろなお話をしながら、心が晴れ晴れしたり、気持ちいいなという時間を過ごしていただければとても嬉しいですね。

COLUMN
蕉の名句が生まれた蛙池
芭蕉の名句が生まれた蛙池
本堂の横には、江戸期の有名な俳人・松尾芭蕉が名句「古池や かわず飛び込む 水の音」を詠んだと伝わる「蛙池(かわずいけ)」と芭蕉の自筆を刻んだ句碑も建つ。この句が作られたとされる名所は国内に多数あるが、岩間寺には「芭蕉が蛙の句を作った」と記した霊験集が伝来されているという。池には「モリアオガエル」が生息していることもあり、かえるにちなんだお守りも人気だ。